「子どもの学び」④ 子どもと道徳

濱谷 佳奈(大阪樟蔭女子大学児童学部児童学科 講師)

更新:2016-10-03

 いま、日本の学校の道徳教育はひとつの転換期を迎えています。2015年3月、これまでの「道徳の時間」を「特別の教科 道徳」と位置付けるための学習指導要領等の一部改正が行われました。

 小学校は2018年度から、中学校 は2019年度から「特別の教科 道徳」(以下、「道徳科」)となります。すでに現在、各校の判断で新指導要領の内容を反映した授業が可能になっています。
 こうした変化の背景には、これからの時代を生きる子どもたち一人ひとりが、様々な価値観や言語、文化を持つ人々と互いに尊重し合って生きていく上で、高い倫理観を持つことがいっそう求められているという現代的要請があります。

 それでは、新しい「道徳科」とは、どのようなものでしょうか。
 簡潔にいえば、「考え、議論する道徳」が目指されているのです。そこで求められているのは、児童生徒が、深く考える主体的・能動的な学習(アクティブ・ラーニング) を行えるよう環境を整えることだといえます。
 そのため、学校だけではなく、家庭や地域においても積極的な役割を果たすことが期待されています。

 このような新しい「道徳科」を進めるにあたって参考になるのが、「考えること」を重視してきたドイツの学校でのとりくみです。以下では、ドイツではどのように倫理や道徳の教育が行われてきたのかに注目してみましょう。

 ドイツでは、公立学校で宗教科を設置することが日本の憲法にあたる基本法で定められています。この宗教科が倫理や道徳教育の教科としての役割を担っているのです。
 宗教科は通常、キリスト教のカトリックとプロテスタントに分かれて授業が行われていますが、この宗教科に出席しない権利も保証されており、16ある各州がそれぞれ代わりになる教科を設置しています。たとえば、ドイツ最大の州であるノルトライン・ヴェストファーレン州では、「実践哲学科」という教科が宗教科に出席しない児童生徒のために設けられています。

 「実践哲学科」がどんな教科なのか、教科書の内容を紹介しましょう。例として、日本の中学校3年生と高校1年生に相当する、第9/10学年の教科書『実践哲学』を見てみます。
 たとえば、「他者との出会い」という単元があります。この単元では、二つの小単元にわたってイスラームが主題として扱われています。キリスト教という文化的基盤を有してきたドイツ社会にとって、イスラームを信仰する移民の統合は喫緊の課題となっているのです。

 まず、小単元「他者に対する寛容について考える」では、モスクでの礼拝に関わる事件の新聞記事が取り上げられ、記事に対する意見を表明した上で、寛容とは何か、なぜ寛容は重要か、についてディスカッションするよう生徒に求めています。記事の内容は、プロテスタント教会が拡声器での祈りを止めるよう広告を出し、モスク連盟が反論した事件を取り上げています。
 次に、もう一つの小単元「人種差別のない学校」では、ある学校での「多文化週間」のなかで、トルコ人の女子生徒がスカーフ姿でトルコ料理を振る舞う様子がプロジェクト活動の一例として紹介され、自分たちにはどのような活動が可能かを考案するという内容が設けられています。

 以上の単元で注目すべきは、いずれの小単元でも、必ず生徒が自分の意見を表明する機会を設け、テーマについてより深く考察するよう促している点です。学習の順序として、「考え、議論し、発表・提案する」という流れになっていることもわかります。また、イスラームとキリスト教との宗教間の対話と言っても、子ども自身のじっさいの生活世界での具体的な実践を重視する内容となっています。

 このようなドイツの試みは、自分ならどのように行動・実践するかを考え、自分とは異なる意見と向かい合い議論することを目指す日本の「道徳科」にも数多くのヒントを与えているのではないでしょうか。

 学校での道徳教育に過度の期待を寄せるのではなく、家庭や地域のなかでも子どもと「ともに考える」機会をできるだけ多く持つことも大切だと言えるでしょう。

 

執筆者

  • 濱谷 佳奈
  • 大阪樟蔭女子大学児童学部児童学科 講師
  • 上智大学外国語学部ドイツ語学科卒。上智大学大学院文学研究科教育学専攻博士後期課程満期退学。専門分野は比較教育学・カリキュラム研究。
    主著:『ヨーロッパの学校における市民的社会性教育の発展―フランス・ドイツ・イギリス―』(共著, 東信堂, 2007),「ドイツにおける倫理・哲学科による道徳教育カリキュラム改革―コンピテンシー・モデルへの転換に注目して―」(『カリキュラム研究』第25号, 2016)ほか
  • ふぁみなび:大阪樟蔭女子大学紹介ページ